第6章 呉越同舟
「……私は、何のために生きたんでしょうね。ただ、誰かを傷つけるためだけに、この腕を磨いてきたんでしょうか。…… 桜子さんのような温かな手を持つ人に会うと、自分の手が、ひどく血生臭く感じられて……」
「そんなこと、ありません!」
私は思わず、彼の痩せた手を両手で包み込みました。
「沖田さんの手は、温かいですよ。……私に器を返しに来てくれた時、雨の中を走ってきてくれた時。その優しさは、剣の強さよりもずっと、私の心に残っています」
沖田さんは目を見開き、私の手を見つめました。
「……未来では、私はどう記されているんでしょう。……ただの人斬りですか?」
「……いいえ。みんなに愛されています。……若くして散った、不世出の天才剣士として。そして、仲間を想い、誠を貫いた人として。……沖田さんの生きた証は、何百年経っても消えたりしません。私が保証します」
沖田さんの瞳に、じわりと涙が浮かびました。
「……そうですか。……未来の人がそう言ってくれるなら、私は……少しだけ、報われた気がします」
彼は私の手をそっと握り返しました。その力は驚くほど弱く、けれど確かに「生」を求めていました。
「桜子さん。……ありがとう。」
その時、宿の下から鋭い口笛の音が響きました。
巡察隊の合図。沖田を探す新選組の影か、あるいは高杉を捕縛しようとする刺客か。
「……お別れの時間のようですね」
沖田さんは、先ほどまでの弱さを一瞬で拭い去り、鋭い剣士の顔に戻りました。
彼が再びその手に取るのは、人を救う箸ではなく、人を斬るための冷たい鉄。
けれど、その胸の奥には、桜子が灯した小さな灯火が、確かに宿っていました。