第6章 呉越同舟
第38話:沖田の望み
高杉さんが薬の効き目で深い眠りに落ちた頃、部屋の隅で独り、夜明けの空を見つめる影がありました。
沖田さんです。
彼は、ずいぶんと小さくなってしまった自分の掌を見つめ、静かに呼吸を整えていました。
「……沖田さん。まだ起きてらしたんですか?」
私が声をかけると、彼は少し驚いたように振り返り、いつもの悪戯っ子のような微笑みを浮かべました。
「桜子さん。……なんだか、寝てしまうのがもったいなくて。この温かな粥の味を、忘れたくないんです」
私は彼の隣に座り、冷えた指先を温めるように、新しく淹れた茶を手渡しました。
「……ねえ、桜子さん。私は、剣を振るうことしか知らない人間なんです。近藤先生や土方さんに拾われてから、私の居場所は、いつもあの鋭い刃の先にしかありませんでした」
沖田さんは、壁に立てかけられた愛刀『加州清光』を、恋人を見守るような目で見つめました。
「人を斬るたび、私は『自分は生きている』と実感できました。新選組の沖田総司は、誰よりも強くなければならない。病に倒れることなど、許されない……。そう自分に言い聞かせてきたんです」
「……でも、今は違うんですか?」
私の問いに、沖田さんは少しの間沈黙しました。そして、絞り出すような声で言いました。
「……怖いんです。桜子さん。……死ぬのが、怖いんじゃない。私が消えた後、誰も私を思い出さなくなるのが……。私の振るいたかった剣が、ただの暴力として歴史に埋もれてしまうのが、たまらなく怖い」
新選組の「死神」と呼ばれた男の、あまりに人間らしい、震えるような本音でした。