第6章 呉越同舟
私は、咲さんの手紙にあった「すり流し」を丁寧に裏ごしした。
卵を溶き入れ、ほんの少しの塩と、仁先生が調合した喉を潤す生薬を加える。
夜が更けるにつれ、台所には優しく、懐かしい匂いが立ち込めた。
時折、二階から聞こえてくる激しい咳。そのたびに、私は祈るような気持ちで火加減を調節した。
「……できましたね。特製、『幕末・京風養生がゆ』です」
夜明け前、外の雨が小降りになった頃。
私たちは出来上がったばかりの椀を持って、二人の待つ部屋へ向かった。
目を覚ました高杉さんは、運ばれてきた椀を見て、鼻を鳴らした。
「……ふん、朝っぱらから、ずいぶんと鼻に付く美味そうな匂いじゃないか」
「高杉さん、意地を張らないで。……沖田さんも、どうぞ。咲さんが、江戸から教えてくれたレシピなんです」
沖田さんは、少し震える手で椀を受け取り、ゆっくりと一口啜った。
「……ああ。…… 桜子さん、本当に、温かいですね。……なんだか、故郷の姉に会いたくなりました」
その隣で、高杉さんも無言で粥を口に運んでいた。
いつもは騒々しい彼が、一口、また一口と、慈しむように食べている。
「……おい、南方。……悪くないな。この『未来の味』ってやつは」
高杉さんがポツリと零したその言葉は、彼なりの最大の感謝だった。
二人の天才が、同じ部屋で、同じ温かな食事を摂る。
歴史の教科書には絶対に載らない、けれど、この激動の時代において最も尊い「休戦」の時間が、そこには流れていた。
しかし、夜明けの光が差し込む頃、宿の周囲には不穏な気配が漂い始めていた。
沖田と同じ新選組の影か、あるいは高杉を狙う刺客か。
平穏な朝は、長くは続かなかった。