第6章 呉越同舟
第37話:秘密の夜なべ
宿の台所では、しめやかな火の爆ぜる音と、包丁がまな板を叩くリズムが刻まれていた。
私の手元には、江戸の咲さんから届いたばかりの手紙がある。
『桜子様、京の冬は底冷えがいたします。労咳のお方には、葛(くず)を引いた温かな汁物が、喉の通りも良く、お体も温まりましょう……』
仁先生と私は、その手紙を道標に、夜通しで二人のための「養生食」を作り始めた。
一方の部屋では、新選組の沖田さんと長州の高杉さんが、皮肉にも背中を合わせるようにして眠りについている。
「……先生、この『京人参』と『聖護院大根』、すごく柔らかくなりますね」
「ええ。ビタミンも豊富だ。それに、咲さんの勧めてくれた吉野葛でとろみをつければ、咳き込みやすい彼らでも誤嚥(ごえん)せずに飲み込める」
仁先生は、薬研(やげん)で生薬を挽きながら、真剣な眼差しで鍋を見つめている。
現代なら、高カロリーの輸液や抗生剤がある。でも、ここにあるのは、土から採れた野菜と、誰かを想う気持ちだけだ。
「…… 桜子さん。私は昔、緒方洪庵先生から教わりました。医の本質は、薬を出すことではなく、その人が『生きたい』と思う手助けをすることだと」
「……『生きたい』、ですか」
「ええ。今の彼らにとって、この温かな湯気と、私たちが夜通しで作ったという事実は、どんな特効薬よりも生きる力になるはずです」