第6章 呉越同舟
沖田さんが視線を向ける。そこには、脱藩浪士の親玉として指名手配されている高杉晋作が、鋭い眼光を放って座っていた。
「……あんたが、噂に聞く新選組の天才剣士か。いい咳をするじゃないか。俺と同じ、地獄の釜の底を覗いている音だ」
「……貴方が、高杉晋作さんですね。……ええ、お互い、あまり先は長くなさそうだ」
歴史上、決して出会うはずのなかった二人の天才。
一人は幕府を倒そうとし、一人は幕府を護ろうとする。
本来なら、剣を交え、どちらかが血を流して倒れるまで終わらないはずの宿敵同士。
だが今、この狭い部屋の中で、二人は同じ「死の影」を背負った戦友のような、不思議な沈黙を共有していた。
「桜子。……この男に、俺の分のスープも飲ませてやれ。敵に塩を送るのは趣味じゃないが、同じ病に急かされている奴に、空きっ腹で死なれるのは寝覚めが悪い」
高杉さんがそう言って笑うと、沖田さんも「それはありがたいですね」と、毒気を抜かれたように笑った。
「……先生、沖田さんの診察もしてもいいですか?」
私が仁先生を見上げると、先生は苦笑いしながら、救急箱を沖田さんの前へ滑らせた。
「……やれやれ。新選組と長州の志士を、同じ部屋で同時に診察することになるとは。…… 桜子さん、手伝ってください。今夜は、敵も味方もありません」
雨は、さらに激しさを増していく。
外では新選組の巡察隊が目を光らせ、長州の過激派が暗躍する血の京。
けれど、この雨に閉ざされた一室だけは、時代から切り離された、穏やかな「命の診療所」となっていた。