第6章 呉越同舟
仁先生は薬を調合しながら、ふう、と溜息をついた。
「……高杉殿。桜子さんをあまり揶揄わらないで下さい。桜子さんも高杉殿の調子に乗せられないように…こうして騒いでいるうちは、まだ体力があるという証拠ですから」
先生の冷静な反応とは対照的に恭太郎さんは顔を真っ赤にし、手は、無意識に刀の柄にかかっていた。
「先生…。この高杉という御仁、先ほどから桜子殿をからかうような物言いばかりをしておる。武士の風上にも置けぬ不届き者です!」
高杉さんはそれを見て、ニヤリと不敵に笑った。
「ははっ! 橘と言ったか。お前、面白いな。……そんなにこの小娘が心配か? それとも、俺が羨ましいのか?え?」
「な、何を……! 私はただ、風紀を乱す振る舞いを……!」
「恭太郎さんも手伝ってください!」
私が叫ぶと、恭太郎さんは顔を真っ赤にしたまま立ち上がった。
「わ、分かり申した。私がその不届き者の肩を押さえますゆえ、桜子殿は少し離れてくだされ!」
恭太郎さんが高杉さんの両肩をガッシリと掴み、高杉さんが「痛いぞ、堅物!」と笑いながら暴れる。
その光景は、一見すると微笑ましい喧嘩のようだったけれど、私は知っていた。
高杉さんが時折見せる、肺を絞り出すような苦しげな表情を。
そして、恭太郎さんが、桜子を守ろうとする義務感の裏側で、自分でも気づいていない「別の感情」に振り回されていることを。
「……先生、解熱の薬、一錠だけ使いましょうか」
私は、仁先生に耳打ちした。
「……いや、まだだ。彼が本当に動けなくなった時のために、今は温存する。…… 桜子さん、彼らの命を繋ぐのは、薬だけではない。この『騒がしさ』もまた、生への執着なのだよ」
仁先生の言葉に、私は頷いた。
江戸で見た沖田さんの静かな孤独とは違う、高杉さんの嵐のような生命力。
二人の患者、二人の天才。
私は、この騒がしい夜が、どうか明けないでほしいと願わずにはいられなかった。