第6章 呉越同舟
第35話:風雲児と堅物
「……おい、桜子! 酒だ、酒を持ってこい! 喉の消毒にはそれが一番だと言っているだろう!」
高杉さんの大声が、宿の一室に響き渡る。仁先生が「安静に」と厳命したにもかかわらず、この風雲児は布団の中で暴れ、三味線をよこせ、退屈だと騒ぎ立てていた。
「ダメですよ、高杉さん! 先生が言ったでしょ? アルコールは炎症を酷くするんです。代わりにこの、特製の生姜湯を飲んでください」
「ふん、そんな泥水が飲めるか! 俺を病人扱いするな!」
私が差し出した湯飲みを、高杉さんは子供のように撥ねつけようとする。私は慣れた手つきでそれをかわし、「いいから飲んで!」と彼の口元へ押しやった。
仁先生の助手として鍛えられた今の私は、この程度の我儘には動じない。
「…… 桜子殿。あまり、その……距離が近すぎはしませぬか」
部屋の隅で、置物のように正座していた恭太郎さんが、ついに耐えかねたように口を開いた。その眉間には、深い皺が刻まれている。
「え? でも、高杉さんが動くから、こうしないと飲ませられないんです」
「……それにしても、です。おなごが殿方の胸元をそんなに無防備に……。南方先生、宜しいのですか? 医術とはいえ、これは些か……」
恭太郎さんは、仁先生に助けを求めるような視線を送った。
だが、風雲児は面白いものを見たと言わんばかりにニヤリとする。
「分かった。桜子。それを大人しく飲んでやる」
「もう!最初からそう言って下さいよ」
「たが、お前が飲ませろ。俺に口移しで」
「はいはい、くちうつ…って…ええ!?」
「ほら、俺の気が変わらないうちに早くしろ」
手でちょいちょいっとジェスチャーして見せる。
私は揶揄われていると分かってはいても真っ赤になってしまって動けないでいた。