第6章 呉越同舟
「高杉殿。……はっきり申し上げます。貴方の肺は、相当に侵されています」
「ふん、言われずとも分かっている。で、未来の万能薬とやらはあるのか?」
仁先生は、苦しげに首を振った。
「……ありません。結核を根本から治す抗生物質……ストレプトマイシンなどが発見されるのは、まだ数十年先のことです。私たちが今持っているのは、熱を下げ、炎症を抑えるための『対症療法』の薬だけです」
私は、自分の鞄の中にある数錠の解熱鎮痛剤と、ビタミン剤を見つめた。
これだけでは、彼を救うことはできない。
「……先生、何か、他にできることはないんですか? 江戸で沖田さんに教えたみたいに、栄養とか、休息とか……」
「ええ。それこそが今の高杉殿に必要なことです。高杉殿、まずは酒とタバコを断ってください。そして、できるだけ横になり、体力を温存すること」
「ははは! 酒を飲むな、寝ていろだと? 冗談はやめろ。俺はこれから、この国をひっくり返すために駆け回らねばならんのだ。寝ていて夜明けが来るものか!」
高杉さんは吐き捨てるように言ったが、仁先生は退かなかった。
「……夜明けを見るために、今は休むのです。桜子さん。君は、高杉殿の食事の管理を。私が江戸で培った知見をもとに、免疫力を高める生薬の調合を指示します。……薬がないなら、人間の持つ『治る力』を最大限に引き出すしかない」
「……はい、先生」
対症療法。それは、病そのものを叩くのではなく、人間が病に打ち勝つまでの時間を稼ぐ戦いだ。
江戸に残してきた沖田さん、そして目の前の高杉さん。
二人の天才の命を、限られた知恵で繋ぎ止める。
「……暢夫さん。先生の言うことを聞かんと、わしが縄で縛ってでも寝かせるぜよ」
龍馬さんの冗談混じりの言葉に、高杉さんは不承不承、三味線を置いた。
京の夜、二人の未来人と志士たちの、静かな、けれど壮絶な「時間との戦い」が始まった。