第5章 自立
「沖田総司にスープを届けるのも、高杉殿の三味線を聞くのもいい。だが、君が涙で前が見えなくなった時、その瞬間に君の『戦い』は終わりです。……泣く暇があるなら、一秒でも長く彼らの生命を繋ぎ止める知恵を絞りなさい。……それができますか?」
私は、息を呑んだ。
それは「助けたい」という私の甘い願いを、プロとしての「責任」へと昇華させるための、先生なりの厳しい愛だった。
「……はい。できます。……いえ、やらせてください」
私が深く頭を下げると、横で三味線を弄んでいた高杉さんが、豪快に笑い声を上げた。
「ははは! 籠の番人が、今度は『掟』という鎖を繋ぎやがったか。……だが、面白い。桜子、その掟、俺の命で試してみるがいい」
高杉さんは先生に向き直り、不敵な笑みを浮かべた。
「南方仁。桜子の覚悟は本物だ。……どうだ、ついでに俺のこの腐れかけた肺も、その未来の知恵とやらで、少しはマシにしてみせるか?」
仁先生は一瞬、戸惑うように恭太郎さんを見たが、やがて静かに高杉さんの前に膝を突き、診察の準備を始めた。
「……診させていただきます。高杉殿、そして桜子さん。……ここからは、私たち二人の『共同戦線』です」
龍馬さんが「これこそ、わしの見たかった夜明けぜよ!」と軍鶏鍋を突き出し、恭太郎さんが安堵の溜息を漏らす。
京の片隅、潜伏中の長州志士の隠れ家で。
歴史上決して交わるはずのなかった二人の未来人と、二人の天才志士、そして誠実な一人の武士。
陣営も、時代も、運命も超えた、奇跡のような「命の救済」が、静かに幕を開けた。
しかし、その宿の表通りを、新選組の巡察隊が通りかかった。
先頭を歩くのは、喉に白い布を巻いた、あの沖田総司だった。