第1章 幕末への導標
第三話:江戸の女
「……失礼いたします」
仁先生に促され、私は恐る恐る橘家の門を潜った。
板張りの廊下、手入れの行き届いた庭、そして漂う線香の匂い。そこには、教科書でしか見たことのない「武家屋敷」の光景が広がっていた。
奥の部屋から現れたのは、凛とした空気を纏った二人の女性だった。
一人は、背筋をピンと伸ばした年配の女性。もう一人は、若く、吸い込まれるような知性的な瞳を持った美しい人。
二人は私を見るなり、石像のように固まった。
「……南、方先生。これは一体、いかなることでしょう」
年配の女性が、眉間に深い皺を刻んで声を絞り出す。その視線は、私の膝まで出たスカートの生足、そして結ばずに肩まで垂らした髪に釘付けになっていた。
「この方は、道端で倒れておられたところでして。少々……事情があり、身寄りがないのです。しばらくの間、こちらでお預かりいただけないかと」
仁先生が必死にフォローを入れるが、困惑は収まらない。
「南方先生も、初めてお会いした時は随分と変わったお召し物を身につけていらっしゃいましたが……こちらの女子はまた、随分と……その、はしたないというか、何と言えばよいのか……」
手で口元を覆い、あからさまに目を逸らした。
無理もない。江戸時代において、妙齢の娘が足を露出し、髪を振り乱して歩くなど、狂女かそれ以下の扱いを受けるに等しいのだ。
私は身を縮めるようにして、通学鞄を抱きしめた。