第1章 幕末への導標
(いや、浮かれるな。落ち着け、南方仁……)
私は自分を律するように、強く拳を握った。
タイムパラドックスという言葉が脳裏をよぎる。
もし彼女がここに来たことで、未来が変わってしまったら?
あるいは、彼女がここに留まることが、彼女自身の存在を消し去ることになったら?
ふと振り返ると、少女――雪乃さんは、不安げにキョロキョロと周囲を見渡していた。その瞳には、私が初めてこの時代に来た時と同じ、言葉にできない恐怖が宿っている。
だが、彼女の手は、大切そうにその鞄を握りしめていた。
(あの鞄の中には、何が入っているんだ?)
かつて、私は救急医療用パッキン一つで、この時代に飛び込んできた。
彼女もまた、何かを持ってきてしまったのか。
この時代の運命を、大きく変えてしまうような「何か」を。
「……先生、どうされました?」
恭太郎さんの怪訝そうな声に、私は我に返った。
「いえ……なんでもありません。急ぎましょう。彼女の格好は目立ちすぎます。一刻も早く安全な場所へ」
私は前を向き、歩みを速めた。
背後に感じる彼女の気配が、私に重い責任を突きつけている。
彼女を守らなければならない。
それが、もし本当に私の未来の血脈なのだとしたら――。
私の足取りは、いつしか、迷いから確信へと変わりつつあった。