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時空の絆

第5章 自立


「先生、お話があります」

私は、震える声を抑えて口を開いた。

「桜子さん、まずは帰りましょう。ここは危険すぎます。君はまだ、この時代の恐ろしさを……」

「いいえ、帰りません」

私は先生の言葉を遮った。

「先生。先生はいつも『歴史を守る』と言います。でも、ここにいる人たちは、みんなその『歴史』と戦っているんです。自分の命を削って、誰かのために、明日のために、今日を必死に生きてる」

私は、高杉さんの痩せた、けれど力強い肩を指差した。

「沖田さんも、高杉さんも……みんな病気です。先生の言う通り、私の知識じゃ、彼らの運命は変えられないかもしれない。でも、『未練を与えるな』なんて、そんな悲しいこと言わないでください」

「桜子さん、それは君の安全を思えばこそ……」

「安全って何ですか? 籠の中で息を潜めて、誰かが死ぬのをただ待つことですか? ……私は、先生の助手として江戸にいました。でも、今は違います。私は一人の志士として……自分の信じる『優しさ』のために、この場所で戦いたいんです」

仁先生は、言葉を失ったように立ち尽くした。

高杉さんが、三味線の糸を爪弾く。ベン、と重い音が静寂を破った。

「聞いたか、番人。この鳥はな、もう空の広さを知っちまったんだ。お前の小さな籠に戻るには、翼が大きくなりすぎたのさ」

月光が照らし出す部屋の中で、仁先生と私の視線がぶつかる。

かつては「おじいちゃんと孫」だった二人の間に、今は「南方仁」と「南方桜子」という、互いに譲れぬ信念を持つ二人の人間の火花が散っていた。

「……先生。私を信じてください。先生が私に教えてくれたのは、病を治す技術だけじゃないはずです。……命を諦めない心だったはずです」

私の言葉に、仁先生の瞳が大きく揺れた。
その揺らぎは、かつて彼自身が幕末という時代に放り出された時に抱いた、あの「迷い」と同じものだったのかもしれない。

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