第5章 自立
「…… 桜子。お前のその『大事な相手』は、お前に何を強いたんだ?」
「……危ないから、関わるなって。歴史がどうとか、未練がどうとか……。私を、守ろうとしてくれているのは分かるんです。でも、私の気持ちは全然……」
高杉さんは鍋の汁を啜り、静かに言った。
「守る、か。……男というのは、惚れた女や身内を守ろうとする時、決まって相手を『籠(かご)』に入れようとする。それが一番確実で、一番手っ取り早いからだ。だがな……」
高杉さんは、脇に置いた三味線に指を触れた。
「籠の中で長生きする鳥と、空で撃ち落とされる鳥。どちらが幸せかは、鳥にしか分からん。……お前のその『大事な男』は、自分が鳥だということを忘れて、籠の番人になろうとしているだけだ。仲直りなど考えるな。お前が空を飛んでみせれば、番人も慌てて追いかけてくるだろうよ」
「……空を、飛ぶ」
「ああ。自分の信じる道を勝手に突き進め。……俺を見ろ。長州の連中とは喧嘩ばかりだが、俺が戦で勝てば、あいつらは手のひらを返して付いてくる。言葉で分からせようとするのは、二流のすることだ」
龍馬さんが感心したように頷く。
「……なるほど。先生を追い越すほど、桜子が真っ直ぐ走ればええっちゅうことかえ」
「そういうことだ。仲直りとは、互いの居場所を認め合うことだろう? ならば、お前も一人の『志士』として、奴の前に立て」
私は、熱い軍鶏の肉を噛みしめた。
おじいちゃんの「正解」を待つのではなく、私の「意志」を形にする。
それが、おじいちゃんと対等に向き合う唯一の方法なのかもしれない。
「……高杉さん、ありがとうございます。少しだけ、分かった気がします」
「礼などいらん。……それより龍馬、酒が足りんぞ! 桜子!お前も呑め!」
京の夜は更けていく。
不治の病を抱えながらも、誰よりも高く飛ぼうとする高杉さんの言葉が、私の心に新しい風を吹き込んでいた。
しかしその頃、宿のすぐ近くの通りでは、編笠を深く被った恭太郎さんが、龍馬の独特な歩き方を見逃さずに追跡を開始していた。