第5章 自立
第30話:志士の病と、盤上の熱
三味線の音が、一際激しく響いた直後だった。
高杉さんが、突然、糸を切られた人形のように前屈みになった。
「……ッ、ゴホッ! ゲホッ、ゲホ……!!」
昨日、沖田さんが漏らしたのよりも、ずっと重く、肺の奥を削り取るような咳。
私は反射的に駆け寄り、背中に手を添えようとした。
(……同じだ。沖田さんと同じ、労咳……)
おじいちゃんが言っていた。高杉晋作もまた、若くしてこの病に倒れるのだと。
現代の私なら「病院へ!」と叫ぶところだけれど、今の私にできることは、彼の背中が微かに震えるのを支えることだけだった。
「……桜子。暢夫さんはな、一度咳き込み始めると長いがじゃ」
龍馬さんが、どこか寂しげな、けれどすべてを分かっているような目で見つめていた。
「わしゃあ、ちょっと美味いもんでも買うてくるき。二人で留守番しちょれ」
龍馬さんはそう言うと、私の返事も待たずに、ひょいと部屋を出て行ってしまった。
嵐のような咳がようやく収まり、高杉さんは顔を上げた。
唇は少し青ざめているけれど、その瞳だけは、依然として不遜な輝きを失っていない。
「……何だ、その憐れむような目は。女に背をさすられるほど、俺は落ちぶれちゃいない」
「……別に、憐れんでなんていません。ただ、おじいちゃん……いえ、先生ならこうしていただろうから」
高杉さんはフンと鼻を鳴らすと、部屋の隅から埃を被った将棋盤を引っ張り出してきた。
「退屈だ。……おい、お前。将棋は指せるか?」
「えっ、将棋? ……おじいちゃんに教わりましたけど」
「よし。未来の知恵とやら、この盤上で見せてもらおうか。負けたら、その『未来の菓子』とやらを全部吐き出せ」
こうして、動乱の京の一室で、幕末の風雲児と現代の女子高生による、奇妙な対局が始まった。