第5章 自立
第29話:京の胎動と風雲児
「……ここが、京?」
品川から龍馬さんの手引きで(半ば強引に)横浜から船に乗り、辿り着いた京の町。
現代の修学旅行で見た、あの整備された観光地の面影はどこにもなかった。
道を行き交うのは、鋭い眼光を放ち、抜き身に近い刀を差した浪士たち。立ち並ぶ家々の壁には、時折、生々しい刀傷が刻まれている。
「驚いたかえ? 今の京は、日本中で一番『熱い』場所ぜよ」
龍馬さんはニカッと笑い、迷路のような路地を慣れた足取りで進んでいく。辿り着いたのは、河原町にある小さな旅籠の奥まった一室だった。
「おーい、暢夫さん。面白い客を連れてきたぜよ!」
龍馬さんが声をかけると、三味線の音がピタリと止まった。
部屋の隅、胡坐をかいて三味線を抱えていたのは、羽織をだらしなく着崩した、細身の男性だった。
「……龍馬、騒々しいぞ。せっかく新しい曲を練っていたというのに」
男性が顔を上げた。その瞳は、これまで出会った誰よりも自由で、そして壊れそうなほどに鋭い輝きを放っている。
「桜子、この男が長州の高杉晋作じゃ。……暢夫さん、こっちは南方先生の孫娘、桜子。未来から来たっちゅう、おかしな娘ぜよ」
「……っ、龍馬さん! それは言ったら……!」
私が慌てて止めようとすると、高杉さんは三味線を置き、じろりと私を品定めするように見つめた。
「未来、か。面白いことを言う。……して、未来の日本では、我らのような『狂った者』はどう記されている? 畳の上で死ねたか、それとも野垂れ死んだか」
「それは……」
私は言葉に詰まった。
高杉晋作。
奇兵隊を創設し、幕府を震撼させた英雄。けれど、彼は若くして結核に倒れるはずだ。目の前の彼は、まだ血気盛んに見えるけれど、時折見せるその瞳の奥の冷徹なまでの「覚悟」が、私を圧倒した。
「……教科書では、あなたは長州の英雄です。でも、みんながみんな、畳の上で死ねるわけじゃなかった」
「ははっ! 英雄か。反吐が出るな。……だが、野垂れ死ぬのも悪くない。面白うなきこの世界を、面白く作り変えるのが俺たちの役目だ」
高杉さんはそう言って、再び三味線をかき鳴らした。