第5章 自立
(……私は、何をしていたんだ)
未来の私が、なぜ彼女に医療道具を持たせていたのか。
それは単に医学を助けさせるためだけではないはずだ。
孤独に、削られるように生きていた私の人生に、もう一度「家族」という温もりを取り戻させるため。そして、彼女自身に「命の輝き」を教えるためではなかったか。
「……すまない、桜子さん。……私が、間違っていた……」
私は、お玉ヶ池のほとりで膝をついた。
泥に汚れた自分の掌を見つめる。この手で何百人の命を救ってきても、たった一人の孫娘の心を傷つけてしまった。
「先生! 南方先生!」
そこへ、馬を飛ばしてきた恭太郎さんが駆け寄ってきた。
「……見つかったのですか!?」
「いえ、まだ……ですが、先ほど門下生の一人が、品川の方角へ歩く桜子殿らしき娘を見たと言っております。そして、その横には……」
恭太郎さんが言葉を濁した。
「……横には、誰がいたのです」
「……坂本龍馬殿です」
龍馬さん。
その名前を聞いた瞬間、私の全身から力が抜けた。
安堵と、そして龍馬さんに対する少しばかりの恨み言が、溜息となって漏れ出た。
(……龍馬さん。あなたという人は、いつも一番肝心な時に、一番危うい場所から人をさらっていく……)
「恭太郎さん、品川へ向かいます。……彼女を、連れ戻さなくては」
「はい!」
私は再び走り出した。
足の痛みも、息苦しさも感じない。ただ、彼女に謝りたかった。
歴史がどうなろうと、世界がどう変わろうと。
私にとって、君の笑顔がない未来に、救う価値などないのだと伝えるために。