第4章 時代を駆ける者
「……おんしゃあ、そんなところで何をしゆうが?」
聞き覚えのある、豪快な土佐弁が頭上から降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには大きな体で朝日を背負った男――坂本龍馬さんが、不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
「……龍馬さん」
「おん? 泣きゆうがか。南方先生と喧嘩でもしちゅうか?」
龍馬さんは私の前にどっかと腰を下ろすと、懐から手ぬぐいを取り出して私の顔に押し当てた。
「まあ、先生は頑固じゃきに。わしも何度もぶつこうた。じゃが、おんしゃあのようなおなごが、一人でこんな時間にほっつき歩くのは感心せんぜよ」
「……先生に、ひどいこと言われたんです。沖田さんに関わっちゃいけないって。……でも、私は……」
私は、昨夜からの出来事を、途切れ途切れに龍馬さんに話した。
スープを届けたこと。恭太郎さんに協力してもらったこと。そして、仁先生に「未練を与えるな」と叱られたこと。
龍馬さんは黙って私の話を聞いていた。
そして、話が終わると、大きく鼻を鳴らして笑った。
「っはは! さすがは南方先生の血を引くおなごぜよ。真っ直ぐすぎて、見ておれんわい」
「笑わないでください! 私は真剣なんです」
「笑うてすまん。じゃがのう、桜子。先生が怖がっちゅうのは、歴史じゃのうて『おんしゃあが傷つくこと』じゃないがかえ?」
龍馬さんの言葉に、私は息を呑んだ。
「先生は知っちゅうがぜよ。この時代の『死』が、どれほど冷とうて、容赦ないものかを。……おんしゃあに、その重みに耐えられる心がまだ備わっとらんことを、先生は心配しちゅうがじゃ」
龍馬さんは私の頭を、大きな手でわしわしと撫でた。
「……のう、じゃが、桜子。行き場がないなら、わしについてくるか? ちょうど今から、面白いところへ行くがじゃ。……そこで、この時代の『生』と『死』を、その目でよう見てみるとええ」
龍馬さんの差し出した手は、ゴツゴツとしていて温かかった。
私は迷った末、その手を握り返した。
仁先生のもとへ帰る勇気は、まだなかった。けれど、この広い江戸で一人立ち止まっていることも、もうしたくなかったから。