第4章 時代を駆ける者
「……新選組の、沖田さんです。仁先生には、会うなって言われています。でも……」
「でも?」
「沖田さん、病気なんです。おじいちゃん……先生にも治せない病気で。……私、お医者さんじゃないから、お薬をあげることはできないけど。でも、せめてお話を聞いたり、温かいものを食べてもらったりすることくらいは、許されるんじゃないかって……」
桜子の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。
「歴史なんて、私には難しいことは分かりません。でも、目の前で苦しんでいる人を、『運命だから』って放っておくなんて、そんなの……私には、どうしてもできないんです」
恭太郎は、言葉を失った。
武士の世界は「理(ことわり)」で動く。主君への忠義、家名の存続、歴史の流れ。そのためには、個人の情など切り捨てねばならぬ場面が多々ある。
だが、目の前の少女が語っているのは、それよりもずっと根源的な「情」だった。
(……この純粋さが、南方先生の心を救い、そして、私をも戸惑わせるのだな)
恭太郎は、自らの腰に差した刀の重みを感じた。
武士として、この娘の行為は「危険な火遊び」だと断じるべきだ。だが、一人の男として、死にゆく者に寄り添おうとするその美しさを、どうして否定できようか。
「……南方先生には、私からは何も申しません」
「えっ……いいんですか?」
「ただし、約束してください。決して無理はせぬこと。そして、何か危ういことがあれば、真っ先に私に相談すること。……いいですね?」
恭太郎は、自分でも驚くほど柔らかな声で言った。
「ありがとうございます、恭太郎さん!」
桜子の弾けるような笑顔を見て、恭太郎は自嘲気味に息を吐いた。
(私も甘いな……。武士失格かもしれん)
だが、彼は知っていた。
南方仁がそうであったように、この桜子という娘もまた、関わる者の心を変えてしまう不思議な力を持っているのだということを。
「……さあ、中へ。咲が、朝餉の支度を終えていますよ」
恭太郎は桜子の三歩前を歩き出した。
だが、秘密を共有したことで、二人の距離は、皮肉にも少しだけ近づいていた。