第4章 時代を駆ける者
第二十話:仁の懸念
「……ただいま戻りました!」
橘家の門を潜った時、空はすっかり濃い紫に染まっていた。
玄関先には、行灯の明かりを背にした仁先生が、彫像のように立っていた。その表情は、私がこれまで見たことのないほど硬い。
「桜子さん。……遅いですよ。心配しました」
「ごめんなさい。つい、話し込んじゃって……。でも、すごく面白い人と知り合ったんです」
私は、おしるこ屋での楽しかった余韻のまま、不用意にもその名前を口にしてしまった。
「沖田総司さんっていう、新選組の人で。土方さんの俳句の話とか、近藤さんの失敗談とか……」
その瞬間、仁先生の顔から色が消えた。
「……新選組?」
先生は私の肩を強く掴み、奥の部屋へと促した。咲さんも、居間で心配そうに私たちを見つめている。
「桜子さん。……いいですか、よく聞いてください。新選組には、二度と関わってはいけません。彼らに近づくことも、ましてや親しく話すことも、これからは一切禁じます」
「えっ……どうして? 沖田さんはすごく優しかったし、悪い人には見えなかったよ」
「彼らが『良い人』かどうかを言っているんじゃない!」
仁先生が声を荒らげた。私は思わず肩を震わせる。
いつも穏やかな「おじいちゃん」が、こんなに厳しい声を出すなんて。
「彼らは、時代の仇花(あだばな)なんです。これから始まる激流の中で、最も凄惨な戦いに身を投じ、そして……敗れ去る運命にある。新選組に関わるということは、その『血の螺旋』に巻き込まれるということだ」