第1章 幕末への導標
私の着ているセーラー服、合成皮革の通学鞄、そして……何より、私の顔立ち。
「……君。その服、どこで作ったものだい?」
「これは、学校の……。おじいちゃん、合格した時に制服着てみせたじゃない!私よ、 桜子よ! 20××年から、さっきの病室から飛ばされて……!」
「……!」
仁先生の顔から血の気が引いた。彼は私の言葉を「狂人の戯言」とは受け取らなかった。むしろ、何かに雷で打たれたような衝撃を受けている。
「娘御、がっこうとはなんだ?南方先生のお知り合いか?」
恭太郎と呼ばれるその侍は、私の必死な、けれど理解しがたい言葉の数々に困惑していた。
仁先生は私の顔をじっと見たまま
「恭太郎さん。この方を橘家へお連れしてもよろしいでしょうか」
「正体の知れぬ者をですか? 先生、いくら貴方の頼みとはいえ……」
「お願いします! 彼女は……彼女は、私と同じ『場所』から来た人間かもしれないんです」
仁先生の必死な訴えに、恭太郎さんは渋々頷いた。
先生は私に手を貸し、立ち上がらせてくれた。その手のぬくもりは、確かに生身の人間のもので、これが夢ではないことを残酷なまでに突きつけていた。
(本当に……江戸時代に来ちゃったの?)
私は抱きしめた鞄の中にある、祖父に持たされた「救急セット」の重みを指先に感じていた。
『お前自身の身を守るためでもある』
祖父が病室で言ったあの言葉が、頭の中で何度もリフレインしていた。
仁先生は歩き出しながら、何度も私を振り返る。その目は、驚きと、戸惑い、そして……まだ見ぬ未来への期待と不安に揺れていた。
「信じられない。私以外にも、ここへ来る者がいるなんて……」
先生が小さく呟いたその言葉は、江戸の湿った風に溶けて消えた。