第1章 幕末への導標
第二話:嘘か誠か。夢か現実か。
霧の向こうから現れたのは、腰に刀を差した、凛とした佇まいの侍だった。
私は腰を抜かしたまま、震える声で問いかける。
「ここ……どこ……? 撮影所か何か……?」
「サツエイジョ? 何を申しておる。ここは江戸、神田明神のほど近く。おなごが一人で、そのような奇妙な装いでうろつく場所ではない」
侍――は、不審なものを見る目で私を検分している。その時、彼の背後から、聞き慣れた、けれど今の私には「若すぎる」声が響いた。
「恭太郎さん、どうしたんですか?」
恭太郎さんと呼ばれたその人が振り返り、真面目な顔で答える。
「南方先生。見たこともない身なりをしたおなごが、このような場所に倒れておるものですから」
その「南方先生」と呼ばれた人が一歩前に出た瞬間、私は息を呑んだ。
短く切り揃えられた黒髪、誠実そうな眉、そしてどこか自信なげで、けれど慈愛に満ちたその瞳。
(……おじいちゃん……?)
病室で神田川を眺めていた老いた祖父ではない。写真で何度も見た、若かりし頃の、現役時代の南方仁がそこに立っていた。
「おじい……ちゃん……?」
思わず溢れた言葉に、目の前の「先生」は目を丸くした。
「おじいちゃん? 恭太郎さん、私は……そんなに老けて見えますか?」
仁先生は困ったように自分の頬をさすった。その仕草までもが、私の知る祖父そのものだった。
恭太郎さんは思わず笑みをこぼし、コホンと咳払いをして言った。
「……いえ。南方先生はお若いですよ。この娘御、あまりの恐怖に気が動転しておるのでしょう」
仁先生は私の前で膝をつき、目線を合わせた。その瞬間、彼の眼光が鋭くなった。