第4章 時代を駆ける者
江戸の午後は、相変わらず活気に満ちている。
呉服屋の店先、威勢のいい物売りの声、そしてどこからか漂ってくる香ばしい匂い。私は目的の甘味処――おじいちゃんが「あそこのおしるこは絶品だった」と言っていた店を探して歩いた。
「あった……ここかな」
暖簾(のれん)をくぐろうとしたその時だった。
「おや。そんなに熱心に品書きを見つめて、お腹が空いているんですか?」
背後から、ひどく屈託のない、澄んだ声がした。
振り返ると、そこには浅葱色の羽織を肩にかけ、腰に刀を差した一人の青年が立っていた。
年の頃は、私より少し上か。
いたずらっ子のような明るい瞳。その佇まいは、恐ろしい「侍」というよりは、学校にいる少し歳の離れた先輩のような、親しみやすい雰囲気を纏っていた。
「あ、いえ……その。美味しそうだなと思って」
「ははっ、正直ですね。ここのおしるこは江戸一番ですよ。……でも、君。見かけない顔ですね。どこか遠くから来たんですか?」
青年は首を傾げ、私の顔を覗き込んできた。その距離の近さに、私は思わず一歩後退りする。
「ええと……はい、少し遠いところから」
「ふーん。そうですか。遠いところから食べにくるだけの価値はありますよ」
青年はそう言って、花が咲くような笑顔を見せた。
その笑顔があまりに無邪気で、私は「この人は悪い人じゃない」と直感した。
「ああ、申し遅れました僕は沖田。沖田総司と言います。君の名前は?」
心臓が跳ね上がった。
沖田総司。
新選組の一番隊組長。そして、おじいちゃんが「命を削って生きた悲劇の天才」として語っていた、あの人。
「…… 桜子、です。南方桜子」
「桜子さん、か。いい名前だ。ねえ、一人なら僕と一緒に食べませんか? ちょうど僕も、甘いものが食べたかったところなんだ」
沖田さんは私の返事も待たずに、ひょいと店の中へ入っていく。
その後ろ姿は、おじいちゃんが語っていた「死の影」など微塵も感じさせないほど、生命力に溢れていた。
私は、自分の歴史の知識が揺らぐような感覚を覚えながら、吸い寄せられるように彼の後に続いた。