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時空の絆

第3章 修行


「桜子さん、どうして君はそんな専門用語まで分かるんだい? オランダ語を学んでいたのか?」

仁先生が、信じられないものを見るような目で問いかけてくる。

私は慌てて、おじいちゃん……未来の仁先生の顔を思い浮かべた。

「ええと……それは、おじい……じゃなかった、私の祖父が! 『語学を学ぶなら、上っ面だけじゃなくて専門用語も一緒に叩き込め』って、無理やり覚えさせたんです。医学用語の語源はだいたい共通してるからって……」

嘘ではない。おじいちゃんは、私が英語のテストで赤点を取るたびに「医学英語なら教えてやる」と、ラテン語語源の英単語を山ほど覚えさせてきたのだ。当時は「何に使うのよこれ!」と怒っていたけれど、まさか幕末の翻訳作業で役に立つなんて。

「……南方先生。貴方の祖父君というのは、一体どれほどの知識人だったのですか」

門下生の一人が感嘆の溜息をつく。
仁先生は、複雑な表情で私を見つめた。

(未来の私は、君をただの孫としてではなく、いつか私の力になれる『医者の卵』として育てようとしていたのか……)

先生の瞳に、深い感謝と申し訳なさが入り混じる。

「桜子さん。君はもう、ただの助手じゃない。……君のその『言葉』は、この国の医学の歩みを、数十年分ショートカットさせる力を持っている」

その日を境に、仁友堂での私の扱いは変わった。

「おっとりした不思議な娘」から、「未来の知恵を授ける賢者」へ。

しかし、その評判は瞬く間に江戸の医学界に広まり、保守的な医学館の頭取、多紀元琰の耳にも届くこととなる。

「……南方仁の影に、蘭語を操る女子あり、か」

歴史の修正力とはまた別の、人間たちの嫉妬と権力争いの渦が、私を飲み込もうとしていた。

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