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時空の絆

第3章 修行



第十六話:翻訳の衝撃


仁友堂には、仁先生の噂を聞きつけた緒方洪庵先生の門下生たちも出入りするようになっていた。
その日、彼らが頭を抱えていたのは、オランダ語で書かれた最新の医学書の翻訳だった。

「……ここの『Ontsteking(炎)』という言葉に続く一節が、どうしても繋がらない。医学館の翻訳では『熱の鬱滞』とされているが、どうも腑に落ちんのだ」

若き蘭方医たちが机を囲んで唸っている。仁先生も覗き込むが、ドイツ語や英語が主流の現代医学に慣れているため、古いオランダ語の言い回しには苦戦しているようだった。
横から覗き見した私は、ふと目に留まった単語に口を出してしまった。

「あの……これ、『炎症』の随伴症状のことじゃないですか? その後ろの言葉、ラテン語の『Rubor(発赤)』とか『Tumor(腫脹)』のオランダ語訳だと思うんですけど」

部屋中の空気が凍りついた。
仁先生も、緒方門下の人々も、驚愕の表情で私を凝視している。

「桜子さん……今、なんと? 『腫脹(はれ)』だと分かるのですか?」

「え、あ、はい。……その後に続くのは『Calor(熱感)』と『Dolor(疼痛)』、つまり痛み……ですよね? 炎症の五徴候っていうか……」

門下生の一人が、震える手で辞書をめくった。
「……一致する。すべて、桜子殿の言う通りだ! 医学館が半年かけて解けなかった一節を、このおなごは一瞬で……!」

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