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時空の絆

第3章 修行


一刻ほど経ち、少し落ち着きを取り戻した仁先生のもとへ、私は向かった。
先生は布団の上に力なく座り、自分の掌を見つめていた。

「……先生」

「桜子さん。……すまない、無様な姿を見せて。……ここでの医療は、君が知るものとは違う。地獄だ。……君を、こんなところに巻き込むべきじゃなかった」

「いいえ」

私は首を横に振り、先生の前に膝をついた。そして、ポーチの中から、最後の一本のナイロン糸を取り出した。

「おじいちゃん……いえ、南方先生。私に、医療を教えてください」

仁先生が目を見開く。

「……何を、言っているんだ。君は、血を見るのも苦手で、おっとりしていて……」

「はい。私はダメな子です。医者の家系なのに、逃げてばかりでした。……でも、昨日、龍馬さんと歩きながら思ったんです。この時代の人たちは、みんな命懸けで今日を生きてる。……おじいちゃんも、たった一人で、この暗闇の中でロウソクを灯し続けてきた。……そんなの、寂しすぎます」

私は、先生の震える手を、両手で包み込んだ。

「私はまだ、何もできません。でも、先生が届かないところに、私のこの『未来の欠片』を届けさせてください。……私を、あなたの『助手』にしてください。もう、逃げません」

先生の瞳に、再び強い光が宿った。

それは、医師としての再起の光であり、孤独な戦いに終わりを告げる安堵の光だった。

「……厳しいですよ。江戸の冬よりも、私の指導は厳しい」

「望むところです。あなたの孫ですから」

私は微笑んだ。

その時、私たちの様子を障子の隙間から見ていた咲さんが、そっと部屋に入ってきた。

「先生。私も、桜子様と共に学びます。……この方が、お一人で背負われるには、江戸の命はあまりに重すぎますから」

仁先生は、私たち二人を交互に見て、深く、深く頷いた。

「……分かりました。……始めましょう。この国の、未来を繋ぐための医学を」

窓の外では、江戸の空が白んでいた。
それは、単なる一日の始まりではない。
時を超えた血の繋がりが、正式に「医療」という名の絆へと変わった、新しい歴史の幕開けだった。

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