第3章 修行
第十四話:血の誓い
夜明けの薄明かりの中、橘家の門を潜った仁先生の姿を見て、私は息が止まった。
「おじい……先生!?」
白い着物は肩から袖口までどす黒く汚れ、顔色は土色に沈んでいる。その手は、隠しきれないほど小刻みに震えていた。
咲さんと恭太郎さんも、ただならぬ気配に奥から駆け出してきた。
「南方先生! 一体何が……」
恭太郎さんが駆け寄り、倒れ込むような先生の体を支える。先生は、焦点の定まらない目で私を見つめ、掠れた声で呟いた。
「…… 桜子さん。……糸が、足りなかった。……君の持ってきた品がないとギリギリだったんだ……」
その言葉の意味を、私は瞬時に理解した。
昨日、私が渡したあの救急セットの予備。それがあれば、先生はもっと確かな治療ができたのだ。
先生をこれほどまでに打ちのめしたのは、失血の凄まじさだけじゃない。自分の技術の限界と、この時代の「死」の重圧だった。
咲さんと恭太郎さんが先生を奥の部屋へ運び、汚れた着物を着替えさせる間、私は居間で一人、自分のポーチを抱きしめて座り込んでいた。
(……私、怖がってる場合じゃないんだ)
おじいちゃんが、どうして私にこれを持たせたのか。
ただの「お守り」じゃない。
一人で歴史の激流に立ち向かう自分を、いつか誰かが……未来の血を引く誰かが、支えてくれることを願っていたんじゃないだろうか。