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時空の絆

第2章 八百八町


咲さんは私の手を取り、居間へと促してくれた。

「さあ、 桜子さん。お座りになって。坂本様の江戸案内はいかがでしたか? 美味しいもの、召し上がれました?」

その自然で、温かい声かけ。

「……はい。お団子を食べました。龍馬さんに、この国のことをどう思うかって聞かれて……それから、勝先生にもお会いして。……すごく、怖かったけど、ワクワクしました」

私は堰を切ったように、今日あった出来事を咲さんに話し始めた。
現代では、学校の友達と何気なく交わしていた「今日あったこと」の報告。けれど、この江戸で、咲さんが「普通」に接してくれることが、何よりも私の心を安息へと導いてくれた。

「勝先生に目をつけられるとは、 桜子さんも南方先生と同じ道を歩まれる予感がいたしますね」

咲さんは楽しそうに笑いながら、私にお茶を淹れてくれた。
その瞳には、私への「不信感」ではなく、新しい世界を共に覗こうとする「好奇心」が宿っている。

「……私、まだお医者さんになる自信はないんです。でも、今日、みんなが一生懸命生きているのを見て、少しだけ……おじいちゃん…じゃなかった、仁先生がが守りたかったものの正体が分かった気がして」

「『おじいちゃん』……。ふふ、南方先生のことですね。 桜子さんがそう呼ぶたびに、先生が困ったような、でも嬉しそうな顔をなさるのが、私はとても微笑ましいのです」

咲さんの言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
兄の恭太郎さんは戸惑い、妹の咲さんは面白がり、そして受け入れてくれる。
橘家という場所が、私にとって単なる「潜伏先」から、少しずつ「居場所」へと変わり始めていた。

しかし、その穏やかな時間は、再び訪れた「血の匂い」によって破られることになる。
夜更け、龍馬さんに連れられて戻ってきた仁先生の着物には、昼間よりもずっと多くの返り血が、どす黒くこびりついていたのだ。


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