第2章 八百八町
――そして翌朝。
「 桜子! 起きちょるかえ! 日が昇ったぜよ!」
約束通り、夜明けとともに龍馬さんの大声が響いた。
咲さんに手伝ってもらい、昨日よりも少し華やかな小袖に着替える。髪には小さな花の飾りを挿してもらった。
「行ってらっしゃい、 桜子さん。坂本様は少々……その、奔放な方ですが、悪いようにはなさいませんから」
咲さんの優しい送り出しに背中を押され、私は門の外へ。
そこには、朝日を浴びて仁王立ちする龍馬さんがいた。
「おおっ! まっこと、江戸の娘よりずっと綺麗じゃ! さあ行くぜよ、 桜子。わしが見せてやるのは、おまんの知っちょらん、本当の『江戸』じゃきに!」
龍馬さんに手を引かれるようにして歩き出した瞬間、私の視界が開けた。
活気に満ちた神田の通り。
立ち並ぶ長屋、威勢のいい魚売りの声、すれ違う武士や町人たちの熱気。
空気が、現代とは全く違う。排気ガスの匂いなんて一つもしない。代わりに、薪を燃やす匂い、醤油の香り、そして人々の「生きようとするエネルギー」が、風に乗って私の肌を刺した。
(……すごい。みんな、一生懸命生きてる)
「どうじゃ、 桜子! この街は、明日をも知れぬ命がひしめき合うちゅう。じゃからこそ、今日という日がこんなに眩しいんじゃ!」
龍馬さんの言葉に、私は思わずワクワクしている自分に驚いた。
未来で「自分はダメな人間だ」と悩み、俯いていた私。
けれど、この眩しい光と喧騒の中にいると、不思議と勇気が湧いてくる気がした。
おじいちゃんが命がけで守りたかった、この時代の輝き。
私はそれを、今、自分の足で踏みしめていた。