第2章 八百八町
第八話:龍馬の江戸案内
龍馬さんは、私の鞄の中身を覗こうとした手を引っ込めると、顎をさすりながら不敵に笑った。
「……ちくと先生に頼みたい事があったんじゃが……」
龍馬さんの視線が、不安そうに小袖の裾を掴んでいる私に注がれる。その瞳は、まるで面白い玩具を見つけた子供のようにキラキラと輝いていた。
「……いや、やっぱりまたにするぜよ。今はそれどころじゃないきに!」
「それどころじゃない、とは?」
仁先生が怪訝そうに聞き返すと、龍馬さんは私の鼻先を指差した。
「 桜子!おまん、江戸は初めてじゃろ? そんな湿気たツラしちょったら、江戸の神様に愛想を尽かされるぜよ。明日、わしが江戸を案内してやるき! 朝一番に迎えに来るから、しっかりおめかしして待っちょれ! じゃあな!」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……!」
私の制止も聞かず、龍馬さんは「はっはっは!」と豪快に笑いながら、風のように橘家を去って行った。後に残されたのは、開け放たれた障子から入り込む夜風と、呆然と立ち尽くす私と仁先生だけだった。
「……相変わらず、嵐のような人ですね」
仁先生が苦笑いしながら、外された障子を立て直す。
「おじいちゃん……、あの、本当に明日、行くの?」
「龍馬さんは一度言い出したら聞きませんからね。でも、いい機会かもしれません。 桜子さん、君はこの世界のことをまだ何も知らない。自分の目で見て、歩いてみるのも、きっと君の助けになります」