第12章 未来への道標
第68話:時空の絆、桜の咲く場所で
……目が覚めたとき、最初に感じたのは、胸を焼くような痛みではなく、手の甲に伝わる確かな温もりだった。
微かに開けた視界の先に、一人の少女がいた。
桜子殿だ。
彼女は私の手を両手で包むように握りしめ、疲れ果てたのか、枕元で泥のように眠っていた。その頬には、涙が乾いたあとの白い筋が残り、髪にはあの桜の簪が、戦火の煤に汚れながらも毅然と差されていた。
「……桜子、殿……」
声は掠れて出なかったが、その温もりだけで、私がまだこの世に繋ぎ止められていることを悟った。
ふと傍らを見れば、南方先生もまた、椅子に座ったまま、崩れるように眠っておられた。先生の手は、手術の際の血に染まり、驚くほど白く、そして時折、陽炎のように薄く透けて見えた。
このお二人が、死の淵にいた私を力ずくで引き戻してくれたのだ。
武士として上野の山で散る。それが徳川への、家茂公への忠義だと信じて疑わなかった私を、彼らは「生きてくれ」という祈りだけで救ってくれた。
「兄上…お目覚めですか」
咲の声がした。
「あぁ、私はまた南方先生に命を救われたようだ」
私はこの瞬間、徳川への仁義よりも、桜子殿と南方先生への恩返しのために生きると決意した。
それから数日が経ちーーー
江戸の町にようやく静寂が戻り始めた頃。
私は、歩けるまでに快復した体で、庭の木陰に座る南方先生の元を訪れた。
先生は、遠くの空を見つめておられた。その横顔は、どこかこの世の者ではないような、寂寥感に満ちていた。
「……南方先生。お話ししたいことがございます」
私が声をかけると、先生は穏やかに振り向かれた。
「恭太郎さん、もう動いて大丈夫なのですか?」
「はい。先生と桜子殿にいただいた命ですから。」
先生は私の言葉を聞いてふっと頬を緩められた。
「……先生、私は……桜子殿のことを、お慕いしております」