第11章 人間万事塞翁が馬
「……歪みが、始まっているのかもしれない」
仁先生は、冷や汗を拭いながら呟きました。
坂本龍馬を救い、中岡慎太郎を救い、徳川家茂の最期を変えた。そして、助けたかった沖田総司が歴史に飲み込まれた。
一つ一つの「介入」が積み重なり、この時空と仁を繋ぐ「糸」が、限界まで引き絞られているようだった。
「おじいちゃん……もしかして、現代へ戻るの……?」
「……分かりません。ですが、もし私が消える時が来たら……桜子さん、君は……?」
激しい眩暈が襲い、視界が白く霞み、現代の病院の廊下のような景色が、一瞬だけ江戸の茶の間に重なる。
その頃、薩摩藩江戸藩邸では勝海舟と西郷隆盛が対峙していた。
「西郷さん、江戸を焼いちゃあ、新しい日本は生まれないぜ」
勝海舟の命懸けの説得。それは、桜子たちが救った「龍馬の遺志」が、幕臣勝海舟という形を借りて結実した瞬間でもあった。
「……おじいちゃん、しっかりして!」
桜子は仁の体を強く抱きしめました。
自分たちがこの時代に刻んだ足跡。それは確かに歴史を変え、江戸の町を戦火から救おうとしています。けれど、その完成と引き換えに、二人の旅も終わろうとしていました。
「……沖田さん。……私は、どうすればいい?」
簪に問いかけても、返事はありません。
ただ、窓の外に広がる江戸の空は、嵐の前の静けさの中で、青く、深く澄み渡っていた。