第11章 人間万事塞翁が馬
第66話:夜明けの兆し、二条城の落日
慶応四年三月。
江戸の町は、かつてない緊張感に包まれていた。
新政府軍が東征を開始し、江戸を戦火で焼き尽くそうとし、勝海舟が奔走、西郷隆盛との会談によって江戸の百万の民を救おうとする「無血開城」の舞台裏で、私たちは別の戦いに直面していた。
「桜子さん、顔色が良くなりましたね。……粥、おかわりはいかがですか?」
「ありがとうございます、おじいちゃん。もう大丈夫。……私、生きなきゃ。沖田さんが守ってくれたこの命を、ちゃんと生きたいんです」
桜子は、まだ少し痩せてはいたが、その瞳にはかつての輝きが戻っていた。髪には、あの日以来一度も外していない桜の簪が、春の陽光を浴びて静かに光っている。
しかし、桜子が快復していくのと反比例するように、仁の容体には異変が起きていた。
「……うっ、ああ……!」
突然、仁が頭を抱えて座り込んだ。
「おじいちゃん!? 大丈夫!?」
「……頭痛が、ひどいんだ。……それに、さっきから、変な音が聞こえる……」
仁の耳の奥で鳴り響くのは、電子的なノイズ、あるいは救急車のサイレンのような、この時代には存在しないはずの音だった…。