第11章 人間万事塞翁が馬
第64話:二人の剣士、運命の分かれ目
「……ぐうっ!」
狭い近江屋の二階。火鉢がひっくり返り、闇の中に火花が散りました。
踏み込んできた京都見廻組の白刃を、沖田さんが神速の抜刀で弾き飛ばします。その背中を守るように、龍馬さんもまた、愛用の拳銃ではなく鞘のままの刀を振るい、刺客を押し返していました。
「坂本さん、伏せて!」
沖田さんの鋭い叫びと共に、三段突きが刺客の胸を突きました。しかし、本来ならばこの場にいるはずのない沖田さんが歴史を書き換えようとしたその時、空気の密度が不自然に歪んだような気がしました。
「……はあ、っ、ごほっ!」
沖田さんの口から、鮮血が噴き出しました。
これまで抑えられていたはずの労咳が、まるで見えない手に心臓を握りつぶされたかのように、激しく彼を襲います。
「沖田さん! いけない、吸入器を……!」
私は震える手で、仁先生から渡されていた緊急用の薬を準備しました。しかし、刺客の攻撃は止みません。
「……南方先生、中岡の傷が深い! 急いでくれんき!」
仁先生は、額に大量の汗を浮かべながら、血の海に沈む中岡慎太郎さんの止血に全力を注いでいました。史実ではここで命を落とすはずの二人を、仁先生の医術が繋ぎ止めようとしています。
けれど、代償はあまりにも残酷でした。
「……坂本……さん、逃げ……」
沖田さんの膝が、ガクリと畳につきました。手にした名刀・加州清光が、主の命を惜しむように鈍く光ります。
「沖田! おまん、何を言いよるがじゃ! 一緒に新しい国へ行くんじゃろが!」
龍馬さんが沖田さんの肩を抱きかかえ、襲いかかる刺客を銃声一発で退けました。