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時空の絆

第1章 幕末への導標



第六話:血の繋がり


少年の治療を終え、橘家が深い静寂に包まれた頃。
私は、仁先生の自室へと招かれた。
ちゃぶ台の上には、咲さんが用意してくれた質素な食事が二膳。玄米と、お味噌汁、それに少しの漬物。

「……お疲れ様、 桜子さん。今日は、君がいなければ厳しかった」

仁先生は、慣れない手つきで箸を持ち、私に微笑みかけた。

「……いえ。私は、言われたものを出しただけですから」

私は、まだ自分の手の震えが止まっていないことに気づき、膝の上で拳を握った。
あんなに鮮烈な血を見たのは初めてだった。けれど、先生が少年の命を繋ぎ止めたあの瞬間、心の中に灯った熱い感情が、恐怖を少しだけ上書きしていた。

しばらく沈黙の中で食事を進めていたが、仁先生がふと箸を置き、私を真っ直ぐに見つめた。

「…… 桜子さん。一つ、聞いてもいいかな」

「はい、何ですか?」

「未来の私は……君にとって、どんな祖父でしたか?」

その問いに、私は胸が詰まった。
目の前にいるのは、まだ自分の将来に迷い、この時代で孤独に戦っている若い「南方仁」だ。
一方で、私の記憶にあるのは、全てを悟ったような、穏やかな笑みを浮かべる「おじいちゃん」だった。

「……そうですね。おじいちゃんは、いつも穏やかでした」

私は遠い未来を思い出すように、ゆっくりと言葉を選んだ。

「神田川を見ながら、よく昔の話をしてくれました。江戸で出会った人たちのこと……。咲さんっていう、とても強くて優しい女性がいたこと。龍馬さんっていう、太陽みたいな人がいたこと。……おじいちゃんは、その人たちのことを話す時、いつも少しだけ寂しそうで、でも、すごく誇らしそうでした」

仁先生は「咲さん」の名前が出た瞬間、少しだけ視線を泳がせた。

「……そうですか。私は、ちゃんと生きて、歳をとって、孫までいたんですね」

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