第10章 有為転変
「……上様は、俺たちに『生きろ』と仰っているのか」
土方さんが低く呟きました。武士として死ぬことを美徳としてきた彼らにとって、それは何よりも重く、そして温かい、慈悲の言葉でした。
「……桜子さん。来てくれたんですね」
廊下の向こうから、聞き慣れた、けれど以前よりずっと掠れた声が聞こえました。
振り返ると、そこには柱に寄りかかり、肩で息をする沖田総司さんの姿がありました。その顔は、江戸にいた時よりもさらに蒼白で、労咳の影が色濃く差しています。
「沖田さん……!」
私が駆け寄ると、沖田さんの視線は私の髪に向けられました。そこには、彼が江戸で贈ってくれた、あの桜の簪が差してありました。
「……ふふ。まだ、持っていてくれたんですね」
沖田さんは、消え入りそうなほど微かな、けれど確かな慈愛を込めて微笑みました。
「……当たり前ですよ。これ、私の宝物なんですから」
「……ありがとう。それを見たら、なんだか少しだけ、呼吸が楽になった気がします」
沖田さんは震える手で、私の髪の簪に触れようとして、ためらうように手を下ろしました。
将軍の死。そして迫りくる新時代の足音。
新選組という誇りを背負いながら、病という逃れられない運命と戦う沖田さん。
家茂公の「遺言」は、彼らの頑なな心に、一つの小さな光を灯したのかもしれません。
けれど、歴史の残酷な激流は、そんな彼らの想いさえも飲み込もうと、すぐ背後まで迫っていました。
「……先生。沖田さんの命、まだ、繋げられますか」
仁先生の硬く結ばれた唇が、これから始まる最後の戦いの厳しさを物語っていました。
京の夜。屯所の庭に咲く枯れかけた花が、月明かりの中で静かに揺れていました。