第10章 有為転変
「……み、な、か……か……?」
私たちの気配を感じたのか、家茂公が薄く目を開けました。その手には、かつて和宮様から贈られたのであろう、小さなお守りが握られていました。
「上様! 申し訳ありません、遅くなりました……!」
仁先生がすぐさま診察を開始します。心不全を併発している。現代で言う「脚気衝心(かっけしょうしん)」の末期症状でした。
「……先生、間に合いますか!?」
「……分かりません。ですが、この手の中にあるすべての知識を注ぎ込みます。……桜子さん、準備を!」
城の外では、長州軍の進撃を告げる砲声が遠く響いていました。
回廊の向こうでは、沖田さんが一人、城内に紛れ込んだ不穏な動きを察知して、闇に向かって刀を構えていました。
「……上様、聞こえますか。江戸の和宮様が、貴方の帰りを待っています。……死なせない。絶対に、歴史に連れて行かせたりしません!」
私は涙を拭い、仁先生の助手に回りました。
大坂城の一室。そこは、三百年続いた徳川の命運と、一人の若き将軍の命を懸けた、最後の戦場となっていました。