第10章 有為転変
「……西郷どん。坂本殿の言う通りでごわす。……長州を助けましょう。徳川の三百年を終わらせ、新しい日本を作るために」
大久保さんがようやく重い口を開いた瞬間、歴史の針がカチリと音を立てて動いた。
六条の密約。のちに「薩長同盟」と呼ばれる、幕府倒壊への決定打。
同じ頃、江戸の橘家で、私は髪に刺さった桜の簪をそっと撫でていました。
「……おじいちゃん。なんだか、急に風の色が変わった気がする」
「……ええ。西の地で、大きな何かが生まれたようです。……私たちの治療が、本当に歴史の濁流をせき止める力になったのかもしれません」
仁先生は、静かに窓の外を見つめていました。
高杉さんが挙兵し、薩摩と長州が手を結んだ。それは、徳川幕府にとっての死刑宣告に等しいものでした。
けれどそれは、徳川を信じて戦う沖田さんや家茂公にとっては、さらなる過酷な運命の始まりでもありました。
「龍馬さん……。ありがとう。……でも、これでみんなが助かるわけじゃないんだよね」
私は、西の空から吹き付ける冷たい風を感じながら、祈るように目を閉じました。
歴史は、桜子が知っている「教科書の通り」に動こうとしていた。
けれど、そこに介在する人々の「心」だけは、未来から来た者にしか分からない、熱い鼓動を刻んでいた。