第10章 有為転変
第54話:歴史の転換「薩長同盟」
慶応二年正月。京都、小松帯刀の私邸。
冬の底冷えがする座敷に、凍てつくような沈黙が流れていた。
「……話にならん。薩摩が、本気で長州を助ける気がないのなら、今すぐここで腹を切る」
長州の桂小五郎は、真っ直ぐに前を見据えたまま、絞り出すような声で言った。対面に座る薩摩の西郷吉之助さんは、沈黙を守ったまま動こうとしません。
その隣で、龍馬は焦れたように懐の懐中時計を見つめていた。
「……西郷さん、大久保さん。おまんらあ、ええ加減にせえ! 長州はもう、おんしゃあらの手助けがなけりゃあ、幕府の軍勢に踏み潰されてしまうぜよ!」
その時、龍馬の脳裏に、江戸で桜子と仁が懸命に命を繋ぎ止めた高杉晋作の顔が浮かんだ。
(高杉……おまんが功山寺で上げた火を、ここで消させてたまるかえ)
「西郷さん! あんたの腹の傷を塞ぎ命を繋ぎ止めたんは南方先生じゃったがろ。あん人ら医者は、命を救うために必死ぜよ。敵も味方も関係のう、ただ『生きてほしい』と願うて、死神から命を奪い返してきよった。……あんたらあ武士が、意地のためにその命を捨てるというがか!」
龍馬の叫びが、部屋の空気を震わせた。
医術が命を救い、その命が再び立ち上がり、そして今、龍馬という男を突き動かしている。