• テキストサイズ

時空の絆

第1章 幕末への導標



第五話:最初の一歩


「先生! 喜一くんが、大八車に撥ねられて……!」

咲さんの悲鳴に近い呼び声に、仁先生は弾かれたように立ち上がった。私も、震える足でその後を追う。
橘家の玄関先に運び込まれたのは、十歳にも満たない少年だった。泥にまみれた着物は赤黒く染まり、右太ももには、肉が裂け、白い骨が覗くほどの深い裂傷があった。

「……ひどい」

私は思わず口を押さえて数歩下がった。テレビのドラマで見る「特殊メイク」じゃない。生々しい血の匂い、少年の苦しげな喘いでいる。

「咲さん、止血帯を! 栄さんはお湯を急いでください!」

仁先生の声は、先ほどまでの穏やかな祖父の面影を消し去り、鋭い「外科医」のそれへと変貌していた。
先生は、煮沸消毒されただけの粗末な布で傷口を圧迫するが、血は一向に止まらない。

「くっ、血管が……。このままでは失血死する」

先生の額に大粒の汗が浮かぶ。現代なら、ボタン一つで明るくなる無影灯も、一瞬で止血できる電気メスも、モニターに映る心電図もない。あるのは、薄暗い行灯の光と、使い古された鋼のメスだけ。

「…… 桜子さん!」

鋭く名前を呼ばれ、私は肩を震わせた。

「は、はい!」

「鞄の中の……止血鉗子(しけつかんし)と、局所麻酔薬を出してくれ! この子はもう、痛みに耐えられない!」

私は震える手でポーチを漁った。おじいちゃんが、何十年も前から私達家族に「もしも」のためにと詰め込んだ現代の宝物。
滅菌パックを破り、銀色に輝く鉗子を先生に手渡す。

/ 88ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp