第10章 有為転変
第53話:高杉の蜂起
江戸に冬の冷たい風が吹き荒れる中、西国から届いたのは、耳を疑うような電撃の報せでした。
「……高杉さんが、動いた?」
仁先生の手元にある瓦版には、桜子たちが京の宿で介抱したあの男、高杉晋作の名が躍っていました。
長州藩が幕府に屈し、存亡の機に立たされたその時。高杉さんは、わずか数十人の手兵を率いて功山寺で挙兵したというのです。
「……無茶ですよ。たった数十人で、藩の正規軍や幕府軍に勝てるわけないのに……」
私が絶句していると、橘家の裏口から、聞き慣れた豪快な足音が響きました。
「おまんらあ、息災にしちょったかえ!」
「龍馬さん!」
旅装束に身を包んだ坂本龍馬さんが、煤けた顔で笑っていました。彼は懐から、ボロボロに汚れた一通の手紙を取り出し、私に差し出しました。
「……晋作からじゃ。あいつ、死に損のうた命を、ここで全部使い切るつもりぜよ」
震える手で封を切ると、そこには高杉さんの、乱暴で力強い筆跡が並んでいました。
『医者、桜子。
俺は今、功山寺という寺の前にいる。
周りには、俺を狂人だと笑う奴か、震え上がる臆病者しかいない。
だがな、俺には見える。この数十人が、数万の民を動かし、徳川の三百年を終わらせる光景が。
医者。お前が言った「歴史を変える」という言葉、俺がこの手で証明してやる。
桜子。お前の作ったあの粥、まだ喉の奥に味が残っているぞ。
あんな美味いもんを食わせておいて、俺を一人で地獄へ行かせるつもりか?
面白い国にしてみせる。……お前が作った粥を、腹一杯食うまでは、俺は死ねぬからな。』