第9章 東から西へ
「……お礼と言っては何ですが。これ、受け取ってください」
そう言って彼が差し出したのは、小さな、けれど精巧に彫られた「桜の簪(かんざし)」でした。
「……沖田さん、これ……」
「看病のお礼です。君に似合うものを探すのに、少し苦労しましたよ。……僕がいない間、これを僕だと思って持っていてくれませんか?」
簪に刻まれた桜の花びらは、まるで彼の命の輝きのように、夕陽を浴びて淡く光っていました。
「……約束、しましたよね。元気になって、また江戸を歩くって」
「ええ。ですから、これは『さよなら』じゃありません。……僕が戻ってくるまでの、預けものです」
沖田さんは、一度だけ私の髪にその簪を刺し、満足そうに微笑みました。
そして、振り返ることなく、浅葱色の羽織を肩にかけて歩き出しました。その背中は、どんな名刀よりも鋭く、そして悲しいほどに真っ直ぐでした。
「……沖田さん!」
私の呼びかけに応えるように、一陣の冬風が吹き抜け、枯れ葉を舞い上げました。
家茂公から託された秘密の書状と、沖田さんから託された一本の簪。
重すぎる二つの想いを胸に、私は仁先生と共に、再び動乱の極致である大坂、そして京へと向かう決意を固めました。
歴史の濁流が、大切な人たちを飲み込もうとしている。
けれど、髪に刺さった簪の冷たさが、私に「諦めるな」と語りかけているような気がしてなりませんでした。