第9章 東から西へ
第52話:沖田の覚悟
江戸の空に、出陣を告げる法螺貝の音が遠く響いていました。
将軍・家茂公が第二次長州征伐の指揮を執るため、再び京へ向かう。その知らせが届いた瞬間、千駄ヶ谷の植木屋に流れていた穏やかな時間は、音を立てて崩れ去りました。
「……沖田さん、まさか、行くつもりですか?」
私が駆け込んだとき、そこには数日前まで縁側で日向ぼっこをしていた青年の姿はありませんでした。
沖田さんは、顔色の悪さを塗りつぶすような鋭い眼差しで、研ぎ澄まされた脇差しを腰に差していました。その指先は微塵も震えておらず、ただ一振りの「剣」としての気迫に満ちていました。
「桜子さん。……上様が行かれるのです。新選組が、一番隊組長が、ここでお留守番というわけにはいきません」
「でも、体はまだ……! 仁先生のペニシリンだって、やっと効いてきたところなのに。今無理をしたら、本当に死んじゃいます!」
私は涙を堪え必死に訴えました。
けれど、沖田さんのその目は、病人のものとは思えないほど確かなものでした。
「…… 桜子さん。僕は、あなたに救われたこの命を、畳の上で腐らせるために取っておきたくはないんです。……上様を守り、誠を貫く。それが僕の、一番隊組長としての『生』なんです」
沖田さんは、ふっと表情を和らげました。人斬りの顔の奥に、江戸案内で見せたあの優しい少年の顔がほんの一瞬だけ覗きました。