第9章 東から西へ
第50話:家茂の脚気
江戸城の内奥、静まり返った御休息所。
そこに横たわっていたのは、若干二十歳にして天下の重責を担う、第十四代将軍・徳川家茂公でした。そのお顔は青白く、足は浮腫み、呼吸も浅くなっています。
「……南方仁。そして、桜子。……上様の御容体、いかがか」
御簾(みす)の向こうから、和宮様の震える声が響きました。京から降嫁され、最初は江戸の風習に戸惑いながらも、今や誰よりも家茂公を深く愛しておられるお方。
仁先生は、家茂公の膝を軽く叩き、反射を確認しました。
「……脚気(かっけ)です。それも、かなり進行している」
「何だと! 不届きな! 上様の御病を、そのような卑しき『江戸患い』と断ずるとは!」
控えていた幕府の奥医師たちが、一斉に声を荒らげました。彼らにとって、将軍の病はあくまで「高貴な熱病」でなければならず、庶民と同じ脚気であると認めることは、自分たちの無能をさらけ出すことと同義だったのです。
「控えよ。 南方先生は、わらわが呼んだのじゃ」
天璋院様の鋭い一言に、医官たちは一瞬怯みましたが、仁先生が提示した治療法を聞くと、さらに激しく反発しました。