第9章 東から西へ
「桜子さん。君も同行してください。お世継ぎというデリケートな問題ですから女性の視点も必要かと」
「私、が大奥に……?」
震える足取りで、私たちは江戸城の奥深くへと足を踏み入れた。
煌びやかな襖の向こうに座していたのは、気高さと深い憂いを湛えた天璋院、篤姫。
「……南方仁。そして桜子。其方らに聞きたい。……この徳川の家には、未来があるか?」
天璋院様の問いは、あまりに直球で、鋭いものでした。
家茂公は持病の脚気に苦しみ、和宮様もまた、慣れぬ江戸の地で心身を削っておられる。
「おそれながら……天璋院様。私たちは医者です。国の未来を占うことはできません。ですが、家茂公や和宮様が、一人の人間として健やかに過ごせるよう力を尽くすことはできます」
仁先生は、静かに、けれど迷いのない声で答えました。
私はその横で、教科書に書かれた「徳川幕府の終焉」という文字が頭をよぎり、胸が締め付けられる思いでした。
もし、家茂公が脚気を克服し、健やかに長らえたら。
もし、二人の間にお世継ぎが生まれたら。
歴史は、新選組を、沖田総司を、今とは違う場所へ運んでくれるのか。
「桜子。其方は何を思う」
天璋院様の視線が私に向きました。
「……私は、上様と和宮様が、ただ『家族』として笑い合える時間を守りたいです。……国のためではなく、誰かのために生きる。……そういう未来を、お手伝いしたいです」
私の言葉に、天璋院様は一瞬目を見開き、やがて小さく微笑まれました。
「……おかしな娘よ。だが、その言葉、嫌いではない」
大奥からの帰り道。
夕闇に包まれた江戸城の石垣を見上げながら、仁先生がポツリと言いました。
「…… 桜子さん。私たちは、ついに『歴史の心臓部』に触れてしまいましたね」
「……おじいちゃん。……歴史を変えるって、こういうことなのかな」
個人の命を救うことが、国の運命を、そして愛する人の未来を書き換えていく。
その重圧に、私はただ、仁先生の手を強く握りしめることしかできませんでした。