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時空の絆

第9章 東から西へ


私は、千駄ヶ谷の植木屋へ走りました。

庭には、もう百日紅の花はなく、枯れ葉が舞っています。

縁側に座っていた沖田さんは、遠く西の空を見つめていました。その瞳には、江戸案内で見せた穏やかな光はなく、鋭い「志士」の光が戻っていました。

「桜子さん。……聞こえますか? 風に乗って、鉄砲の音が聞こえる気がするんです」

「沖田さん……行っちゃダメです。まだ、肺の傷は塞がってない。今無理をしたら、先生の努力が……私たちの約束が、全部無駄になっちゃう!」

私は彼の袖を掴みました。
沖田さんは、私の手をそっと解き、優しく微笑みました。

「桜子さん。……僕は、君のおかげで『生きたい』と思いました。……でも、それは『自分だけが生き延びたい』という意味じゃないんです。……近藤先生や土方さんが作る未来を、僕もこの目で見たい。そのために振るう剣なら、僕は後悔しません」

「……でも、死んじゃったら意味がないじゃないですか!」

「死にませんよ。……君がくれた、この『魔法の薬』の力を信じていますから」

沖田さんの言葉は力強く、けれどどこか、自分に言い聞かせているようにも聞こえました。

仁先生が「望まない死」と言った、その答え。
高杉さんは長州で、沖田さんは江戸で。
それぞれの正義が激突し、血が流れる時代。
私たち未来人にできるのは、ただ、その激流の中で溺れそうになる命の糸を、指が切れるほど強く握りしめることだけでした。

「……先生。歴史は、私たちの願いなんてお構いなしに進んでいくんですね」

橘家に戻り、夕闇に包まれる江戸の町を見つめながら、私は仁先生に問いかけました。

「……ええ。ですが桜子さん。私たちは、ただの観測者ではありません。……ここで生き、誰かを想い、手を尽くした。その事実は、歴史という巨大な海に投じられた一石となって、必ず波紋を広げるはずです」

仁先生の言葉を信じたい。
けれど、西から届く戦火の匂いは、確実に私たちの平穏な日々を侵食し始めていました。

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