第3章 妖狸の惑わし
埃っぽく淀んだ空気の中で男は、私の頬に触れた。玄に触れられた時のような面映ゆさはなく、触れられたところから冷えていくような感覚だった。総毛立っているような気さえする。
頬に触れている指がするりと落ちて、肌襦袢の襟の下に入った。肌に直接触れられて、今すぐにでも引っぱたいてしまいたい。
「嫌ですわ……ソニドリが見ております……」
「ソニドリが?近くに川があるからね。連子窓から覗かれているかもしれない」
卑しく笑みを浮かべる男は、私の言葉の意味などわかっていない。"玄の翡翠の瞳がこちらを見ている"。翡翠色の小鳥に比喩した、玄の瞳。千里眼で全て見られている。
玉響の如く風が吹き、ふわりと腰に何かが巻きついた。濡鴉が連子窓から差し込む僅かな光で、青く煌めく。
「貴様……誰のものに触れているか、わかっておるのか。
卑俗が触れて良い代物ではない」
唸るような低い声。毛を逆立て、耳を伏せている。喉の奥で唸り始め、尻尾を私の腰に巻き付ける。翡翠の瞳が男を睨みつけていた。
「玄……ありがとう」
男と距離が出来た私は玄の尻尾を撫でた。耳がピクッと動く。嫌なのかと思い、すぐに離して、玄の首にぶら下がる梓弓と矢を手にした。