第2章 4〜6
山の中腹、森の奥へ進むにつれ、空気は研ぎ澄まされていった。雲は一つもなく、枝葉の切れ間から無数の星がこぼれ落ちるように瞬いている。
夜は深い。しかしその闇は重くない。天はむしろ、異様なほど鮮明だった。
バデーニの持つ蝋燭の火が足元を照らし、二人の影を長く歪ませる。
揺れる炎の輪郭に合わせて、影もまた不規則に震えた。
左目だけで闇を測ることに、彼は慣れている。
失われた視界の分だけ、残された視界は鋭くなる。
炎の揺らぎも、石の表面のざらつきも克明に捉えていた。
やがて、苔むした石箱が現れた。自然物を装いながらも、人の手による直線を隠しきれていない。
ここへ来るまで、オクジーは中身について何も語らなかった。ただ「見てほしい書類がある」とだけ言った。
その曖昧さが、かえって不穏だった。
石蓋がずれる鈍い音が、森の静寂を裂く。
中には、そのまま重ねられた書物と羊皮紙の束が収められていた。
バデーニは躊躇いなくそれを取り出し、灯りに近づけた。
頁を開いた瞬間、数式と図が視界に流れ込む。
呼吸が止まり、次の瞬間、わずかに乱れる。
惑星の軌道、補正の値、逆行の説明。
太陽を中心に組み立てられた体系は、乱暴な仮説ではなく、計算によって支えられた構造を持っていた。
読み進めるほどに、理解が先へ走る。喉の奥が熱を帯びる。
思考の速度に身体が追いつかない。胃が痙攣し、膝が土に触れる。吐瀉の苦味が広がる。
これは拒絶ではない。過剰な理解がもたらす、生理的な反応だった。
立ち上がったとき、彼の瞳は異様な光を帯びていた。
恐れではない。確信に近いものが、内側から滲み出ている。
自分が今、歴史の縁に立っている。
その直感を、否定しなかった。