第4章 9〜10
やがて処刑台へと連れ出される。
鎖の音。冷たい空気。
足を踏みしめた板の感触が、やけに現実的だった。
見上げれば──
目の前に広がる星空は、牢の闇とは対照的に鮮明で、驚くほど輝いていた。
雲一つない夜空に、無数の光が静かに瞬いている。
その光景を前にして、バデーニの胸の奥で、長く抑え込んできた記憶が浮かび上がる。
写本室の静けさ。
羊皮紙を擦る音。
あの女の声。
「正確なまま燃えてなくなるよりは、少し歪んでも、生き残る方がいいと思います」
あのときは否定した。理解もせず、優越で切り捨てた。
だが今、燃え尽きようとしているのは自分だ。
正確さを貫いた理論は、発表されぬまま奪われた。
しかし、歪んだ物語は残されるかもしれない。
その可能性を選んだのは、自分だ。
星々の光が網膜に焼き付く。
もしこの空を見上げる誰かが、オクジーの文章を読み、疑問を抱くなら──
それはあの女の言葉とも、奇妙に重なるだろう。
処刑台の上で、バデーニはわずかに口元を緩めた。
歴史と呼ばれるものに、あとは委ねる。
そして最期に浮かぶのは──
静かな写本室で、ペンを持ち、微笑んでいたあの顔だった。