Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第3章 未完の初恋、ログイン不可の心
時計塔の針が非情な音を立てて重なり、そして過ぎ去っていく。
約束の時間はとうに過ぎ、海沿いの公園を鮮やかに彩っていた夕焼けも、いつの間にか厚い雲に飲み込まれていた。
「……遅ぇんだよ、クソが」
爆豪はベンチに座ったまま、動かなかった。
ファンを追い払った後の静寂が、かえって耳の奥でうるさく響く。
リアルでの連絡先は交換していない。
ここで待つことだけが、彼に残された唯一の繋がりだった。
不意に、重たい雨粒が頬を打った。
瞬く間に激しさを増した夕立が、視界を白く塗りつぶしていく。
散歩をしていた人々は蜘蛛の子を散らすように去り、街灯だけが冷たく路面を照らし始めた。
「……来るまで動かねぇっつっただろ……」
叩きつけるような雨に打たれ、黒いブルゾンは水を吸って重くのしかかる。
体温が奪われるが爆豪は立ち上がらなかった。
もし、自分がここを離れた一瞬に、あいつがずぶ濡れで現れたら。
あんなに臆病で、それでも自分を信じて「行きます」と言ってくれたあいつが、誰もいないこの場所で泣くことになったら。
そう思うだけで、足が地面に縫い付けられたように動かなかった。
やがて雨は上がり、アスファルトから立ち上る湿った匂いだけが残った。
夜は更け、街の灯りも一つ、また一つと消えていく。
時計の針が日付を跨いだその瞬間、爆豪は、軋む体を無理やり引きずるようにして、ゆっくりと立ち上がった。
全身から滴り落ちる雨水が、ベンチの横に小さな水溜りを作っている。
「……なんでだよ」
掠れた声が、闇に溶けた。
新車のふかふかのシート。
あいつのために選んだ内装。
照れくさくて言えなかった、今日のために用意した言葉。
すべてが雨に流され、虚空に消えていく。
あんなに楽しみにしていたはずだった。
画面越しに、あんなに熱を分け合ったはずだった。
事故に遭ったのか、それとも、最初から来る気なんてなかったのか。
爆豪の鋭い瞳には、怒りよりも深い、底なしの困惑と絶望が揺れていた。
「……あァ、そうかよ」
重い足取りで駐車場へと向かう。
誰も座っていない、濡れたままのベンチ。
爆豪が守り抜いたその場所には、ただ冷たい夜風だけが吹き抜けていた。