Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第2章 初恋は、0と1の境界線上で
ステージの上のは、いつだって完璧だった。
プロとして、ファンの期待を裏切ることは決して許されない。
けれど、1人になった瞬間に零れ落ちたのは、空っぽの溜息だった。
鏡の中には華やかな歌姫ではなく、ただの迷い子が映っていた。
あの日以来、彼女の心は、あの『ツクヨミ・レルム』の特等席に置き去りにされたままだ。
指先が、無意識に唇をなぞる。
「……今日も、いない」
いつもの入り江。
エミリアは波打ち際に一人座り込み、小さな溜息をついた。
ダイブするたび、ここに来れば彼に会えるのではないかと期待してしまう。
けれど、フレンド欄の彼のステータスは、あの日以来ずっと「オフライン」のままだ。
「……友達も、いないし。……私どうすればいいんだろう」
相談できる相手なんていない。
この胸の苦しさが、初めてのキスによる高揚なのか、それとも彼を失うかもしれない恐怖なのか、彼女には判別がつかなかった。
ただ、歌姫として完璧に振る舞えば振る舞うほど「自分」が、今にも泣き出しそうなほど孤独に震えているのが分かった。
一方、爆豪は――。
「……ッ、クソが……!」
自室でデバイスを握りしめたまま、葛藤の極致にいた。
緑谷や上鳴に「やらかした」ことを突っつかれ、ジーニストには「心が乱れている」と断じられた。
プロとして、これ以上私情を引きずるわけにはいかない。
(……逃げてんじゃねぇ、俺は……!)
あの日、彼女が見せた「初めて」の顔。
驚きに染まった瞳。
あの瞬間の、自分の衝動を「事故」で片付けるには、あまりにも重すぎた。
「謝るなら、早い方がいい……。んなこと、ガキでも分かんだよ……!」
意を決して、彼は数週間ぶりにヘッドセットを装着した。
視界が暗転し、光の粒子が収束していく。
ダイブして真っ先に向かったのは、花火を見た会場でも、華やかな市街地でもない。
出会った場所、あの静かな入り江だったーー。